エンタメクラブ   Act.1:着ぐるみ、現る

「ストップ、ガム! 止まれってばぁ――――!!」
 犬のガムが逃走を始めて、かれこれ5分ほど……。
 私達の追いかけっこはまだ続いていた。
「あぁ、もぉ!! どーしよう、人が来たら……!」
 運良く、今のところは人に出くわしていない(見かけたりはしたものの、少し離れたところを歩いているくらい)。
 しかし、もし誰かが通りかかったとしたら、この犬のことだ。きっと、噛みつき――はしないにしても、飛びつくくらいはするだろう!
 そんな不安を感じながら、私はガムを追いかけ続けた。
 T字路を曲がり、小さな公園を抜け、道路を渡り……(車が来てなくて良かった。本当に良かった……)。しばらく走り続け、そしてとうとう人と会ってしまった。
 しかも、相手は自転車だ!
 もし飛びかかったりしたら……危険だ!!
「ガム――――!! 止まれ――――!!」
 その言葉に反応して、ガムは意外にもあっさりと立ち止まった。
 しかし、私の大きな声に驚いた自転車の人は……。
「わわわわ……!!」
 ガッシャ――――――ン!!
 派手な音を立て、転んでしまった。
「うわちゃ――……っ! す、すいません! 大丈夫ですか!?」
 慌てて駈け寄る。
 そして、その人の顔を見て……私は固まった。
「…………森!?」
 自転車に乗っていたのは、森 裕樹、その人だったのだ。
「いてて……! あ……き、木谷?」
 痛みに耐えながら、森は体を起こした。
 転がった自転車を立てかけながら、私は訊いた。
「ご、ごめん……!! 大丈夫!?」
「ま……なんとか大丈夫……」
 心配する私に、森は笑顔を向けてくれた。
 ――はぅっ!! ああ! その笑顔は犯罪よ……!!
 そんなアホなことを考えている私は、もしかして今日1日の出来事で疲れているのかもしれない。うん。
「……にしても、このおバカ犬ぅ〜!! あぁ、でも1番のおバカは私だね……。森を驚かせて、危ない目に遭わせちゃって……」
 ――あーそれにそれに。やきもち焼いて、森や着ぐるみ理事長の気持ち考えなかったし……。
「はぁ……自己嫌悪……」
「? なに言ってんだ? それより、おまえのほうこそ大丈夫なのか?」
「へ?」思いがけない森の言葉に、私はなんとも間抜けな声を出した。「……なに……が?」
「え? だっておまえ、今日様子がおかしかったじゃないか」
「えぇっ!?」
「あ、俺の気のせいだったか?」
「あ、イヤ……そーじゃなくて……」
 ――気付いてたんだ……。よく気付いたなぁ……。
 あれ……? なんか……嬉しい……? 心の底がくすぐったいっていうか……。
 自然と顔がニマニマしてくる。
「なんだよ? いきなり笑い出して……」
「え? あ、あぁ!!」
 ――いけないいけない。ついつい……恥ずかしー。
「ははっ……。あ、ありがとうね、心配してくれて……」
 おもわず、素直にお礼を言っていた。
 途端に顔が熱くなる……。
「お、おぅ……」
 急に沈黙が続いた……。
「そ、それで……」
「あ、あのさ……」
 沈黙に耐え切れなくなり、私が口を開いたのと同時に、森も私に話しかけてきた。
「え……あ……っ!」
「あ、先に言っていいぞ」
 森にそう言われたので、私は先に訊きたいことを訊いた。
「べつに、そんなたいしたことじゃないかもしれないけど……ホントに体は大丈夫? なんだか、派手にコケてたけど……」
 もう痛みなんか忘れていたのか。森は始めキョトンとしていたが、
「ああ。だからヘーキだって。それより、おまえこそ。今日はいったいどうしたんだ? 授業中注意は受けるしよー。なんか元気なかったのは……やっぱり部長やりたくないのか?」
「え? あ、そーじゃないって!」
 私はおもいっきり首を横に振った。
 そして、素直に自分の気持ちを告げることにした。
「……むしろやりたいよ。だって、森が……」
「え?」
「……森が入部してくれるなら、なんだか楽しくなりそう!!」
 私は、きっと、これ以上ないってくらい満面の笑顔だったと思う。
「……そーだな!」
 私達は顔を見合わせて笑い、それから空を見上げた。
 夜空には、すでに多くの星達が瞬いていた。
「ところで、森はどこに行くつもりだったの?」
「あ、それは、本屋でマンガでも立ち読みしようと思って……。そういう木谷はなにしてたんだ?」
「私は見てのとおり……犬の散歩、のハズが逃げられて追いかけ回してたトコ」
 ガムの顔を見て、ポンポンと頭を撫でる。
 森もガムを見ながら、尋ねてきた。
「ふーん。この犬、なんて名前なんだ?」
「ガムっていうんだ」
「けっこうおとなしいな」
「ホント。いつもならもっと吠えるのに……」
「そーなのか?」
「うん……」
「…………」
 また、少しの沈黙。
 そして、私は――
「……ところで、そんなに着ぐるみ理事長のこと、気に入ったの? ていうか、気が合ったっていうか……」
 おもわず、不安になっていることを訊いてしまった。
 森は笑って、
「まーたしかに面白ぇやつだけど。入った理由はそんなじゃなくて、カップラーメン1ヶ月分……あ、いや! なんでもないぞ!」
 ――買収かよ!!
 心配していた私がなんだかアホらしくなってきた。
「あはははは……。まぁ、森らしくて安心したよ」
「おい。どーゆー意味だよ!」
 それからだいぶ遅くまで、私達は話をしていた。
 2人で会話をしながら、私は心の奥底でずっと願っていた。
 ――どうか、この時間が永遠に続きますように……。

 そうそう。翌日になって知ったことだが。
 そのとき、着ぐるみ理事長はこっそりと私達の様子を後ろから見ていたそうだ。
 ――まったく、人が悪いんだから。