グローリ・ワーカ   第10章:罠と罪と罰

「また、ケンカしてるよ……」
 1つの部屋から明かりが漏れている。
 その扉の陰に隠れて、2人の少女が中をそっと覗いた。
「それが私たちの使命なんだ!!」
「使命でもなんでも――私は反対ですっ!!」
 部屋の中では口論をする男女の姿があった。
 扉の陰からそれを見ていた少女の1人が、もう1人の少女の腕にしがみつき、尋ねた。
「ねぇ、お姉ちゃん……。お父しゃんとお母しゃん、大丈夫……?」
 部屋の中の両親の姿に怯える少女に、姉である少女は答えた。
「きっと、大丈夫だよ。ほら、もう寝よう。ね、シリア」
 幼い頃のシリアは、同じく幼い頃のマニュア――いや、ミリアに慰められ、寝室へと向かった。
 シリアを不安にさせないよう必死だったが、ミリアは気付いていた。
(でも、お母さんは、もう――)

 それから約1ヶ月後――。
 母が倒れた。
 これまでにも何度か体調を崩しており、そのため、母の命がもう長くはもたないことを、ミリアは知っていた。
 そして、今度こそもうダメだろうということも……。
「お母さぁぁ――――――――んっっ!!!!」
 シリアが泣き叫ぶ。ミリアも隣で涙を流していた。
 母が息も絶え絶えに言う。
「2人とも……お母さん……の……最……期の……お願い……聞いてくれ……る……かな……?」
 その言葉に泣きながら頷く2人。
 母は微笑んで、
「人間界……を……救えるのは、あなたたち……だけ……。どうか……人間……の……素晴らしさを……知っ……て…………。2人…………」
 ――沈黙が降りた。
「お母しゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!!!」
「お母……ヒック……お母さん……」
 母は息を引き取った。2人の幼子に希望を託して――。
「ちっ……。最後の最後まで……」
 ミリアは陰から見ていた父の言葉を聞き逃さなかった。
(『ニンゲンカイ』――。お父さんとお母さん、いつもそのことでケンカしてた……。一体、『ニンゲンカイ』って何? 『ニンゲンカイ』……。うぅん。今はそれより……)
 ミリアは、父の姿が見えなくなるのを確認して、
「シリア……」
 シリアの肩にゆっくりと手を置いた。
 シリアが一瞬びくっとして振り向く。
「お母さん……死んじゃった……けど。……家族3人で頑張ろうね。絶対に……」
 ミリアが小指を差し出す。
 シリアは涙を拭くと、
「うん……。頑張る……」
 その小指に、自分の小指をそっと絡めた。

 更に1年が経ったころ。
「そん……な……っ!!」
「お前も――あいつと同じことを言うのか?」
「でも、お父さん……」
 ミリアと父が口論をしていた。
「我々はここまで追いやられたのだ。しかし、この狭い世界に治まる我々ではない。これは当然のことなのだ」
「いやだよ……!」
「――お前も『人間界に手を出すな。人間を愛せ』などと言うのか!」
 ミリアは逃げるように城を飛び出した。
(だって――! できないよ……っ! だって、人間界は――、人間界には――)
 走って走って、メチャクチャに逃げ回って、呪法を使って異界への扉を開け、そして――。
 ――気付けば、見知らぬ景色。
 ミリアは、小さな公園のベンチに腰を掛けていた。いつの間にこんなところまで来たのか。辺りはすっかり暗くなっている。
「ふぅ……」
 溜め息を1つ。ぼぅっと遠くを見つめる。
 そんなミリアに声を掛ける者がいた。
「どうしたの? お家に帰らないの? 家の人が心配するよ」
「あ……」
 はっと我に返ったミリアの目の前には、1人の中年女性が立っていた。
「どこの家の子? お名前は?」
「え? え? えーっと……」
「『マニュア』かい?」
 女性は適当なことを言った!
「え? ――どうして分かったんですか?」
 ミリアも適当なことを言った。
「そんなわけないかー……って、えぇ!? そうなの!?」
「えぇーっと――そう。実は、そうなんです! 私、『マニュア』です!」
 このときから、『ミリア』は『マニュア』になった。
(どっから出てきたのか、なんだかよく分かんないけど……。とりあえず、本名は念のため隠しておいて――。ついでだから、この人に拾ってもらおう!)
「うぅ……っ!」
 マニュアはとつぜん泣き出した!
「ど、どうしたの!?」
「き、聞いてください! おばさん!」
 マニュアは目を潤ませながら訴える! なんという演技派。
「は、はい……」
「私、両親が死んでしまったんです……。それで、伯母のところに貰われて……。でも、その伯母は、いつも私のことを虐めるんです!」
「は、はぁ……」
「いろいろな仕事を押しつけ、自分はゴロゴロしてばかり。ご飯だってカビたのを食べさせるし……。いつもボロを着せられ、お城の舞踏会にも連れて行ってもらえず――」
 なんかのお話が混ざってるぞ、オイ。
「――それに、私、聞いてしまったんです!」
「何を……?」
「伯母は近所の人たちとこう話していたんです。『最近うちに来た子、もうとてもワガママで贅沢で。こっちだってたくさん面倒を見てやってるのに反抗ばっかり。まったく、家から出て行ってほしいものよ! いつまでも家にいるようなら、丁稚奉公に出すか、金持ちにでも売るかするしかないわね』って!」
 いくらなんでもオオゲサすぎやしないかね。ていうか、その発想、おまえ本当に子供かね。過去回想なのに……。
「だから――だから、私。売られる前に家から逃げてきたんです! お、お願いです! どうか私を助けてください! おばさんの家に置いてください!!」
 キラキラキラ。
 マニュアのキラキラ光線!! ……やはり姉妹。シリアと似ている。
 しかし、こんな胡散臭い話、信じる人などいるのだろうか?
 女性の反応は――、
「そう……! かわいそうに。辛い思いをしたんだね……!」
 なんと! 信じている!?
 女性は涙目だ。
(まさかこれで信じるとわ……。自分でもびっくりだ……ι)
 マニュアすら呆れ顔であった。
「分かった。置いてあげる。ただ、私の家の人にも訊かないとね。ただ、見つからないように気を付けてね」
「そ、それはもちろん!!」
 女性の言葉に、マニュアは力強く頷いた。
 そして、嬉しそうに飛び跳ね、
「ありがとうございます! おばさ――お母さん!!」
 そう笑顔で言った。

 その後しばらく、マニュアは幸せだった。
 しかし、そのぶん、シリアは辛い思いをしたに違いなかった。
「お姉ちゃん……。お姉ちゃん、ドコ……?」
「姉は――ミリアは、きっともう帰ってこない……」
 姉の姿を探し回るシリアに、父親は冷たく言い放った。
「え……?」
「おまえなら、私らの意志を継いでくれるな? シリア……」
「お父さん……?」
 わけの分からないといった表情のシリアに、父は手を差し出した。
「――人間を殺せ……!」
「? どういうこと……?」
「おまえは――きっと、おまえなら、私らの最終兵器になれる。おまえを、リーサルウェポンにしてやる……!」
「お父さん――!?」
 そうして、シリアは父にどこか連れて行かれ――。
 ――それは、もしかして、酷いことをさせられたのかもしれない。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん……!!」
 シリアは泣き叫び続けたのかもしれない。
(お姉ちゃん、ドコ……? 怖いよ、帰ってきてよ……)
 シリアはずっと思い続けたのかもしれない……。
(キット、帰ッテクルヨネ……。オ姉チャン……。サミシイヨ……。オ姉チャン…………)