グローリ・ワーカ   第13章:不安

 裏切られたと言われて落ち込んだりしたけれど、マニュアは元気です。たぶん。
「裏切り……いやいや、あれは仕方なかったんだ……。それに、わざわざ霊界まで助けに……。けど、でも、私結構わがまま言ったような……」
 牢屋に閉じ込められたマニュアは逃げることも叶わず、トンヌラの言葉を頭の中で繰り返しては落ち込んでいたという。
 そんなことを考えていると、とつぜん涙が溢れてきた。
「……ふっ…………」
 その場に体育座りをして、顔をうずめた。
 ――そのとき。
 ガチャン!
 ギィィ……。
 鈍い音を立てて、鉄格子の扉が開いた。
 驚いて涙を流したのままの顔を上げる。
 その扉の向こうにいたのは――!
「…………誰?」
 知らない魔族だった!
「だぁ! あ、ごめんごめん。僕だよ、僕」
 マニュアの言葉に思いっきりこけた後、そいつは元の姿に戻った。
「ピュ」
「ピュウ!」
 マニュアはピュウを抱き上げる。
「ピュウ、な、なんで……!」
「ピュウ!」
 ピュウは再度魔族の姿に戻った。先ほどと同じ顔で、初めて見たときとは違う顔だ。
「顔を覚えられたみんなの代わりにね。頼まれて、変身して忍び込んだんだよ」
 ピュウが言う。
「そっか……」
 マニュアは安心したような逆に不安そうな、なぜだか複雑な表情を浮かべた。
 その後、とつぜん笑い出した。
「はは、あはははは……」
「マ、マニュア? どーした……」
 ピュウが驚いて尋ねる。
 マニュアはぽつりと答えた。
「……ごめん」
「へ?」
「私、誰も来てくれないんじゃないかって思った……。でも、ピュウは来てくれた」
「マニュア……?」
 自分でも驚くくらいに、マニュアは先ほどのトンヌラの言葉が不安でしょうがなかった。
 ――裏切り――。
 もしかしたら誰も来ないかも……。そう、自分は魔族なんだ。ミリアとは1つに戻ったけれど、またいつミリアの心に乗っ取られてもおかしくないのかもしれない。その自分を助けに来なくても仕方のないことなのかもしれないと――。
「……でも、ピュウは来てくれた。けど、やっぱり、みんなは来なかったんだね」
「マニュア! それは――」
 さっきのみんなの心配を見せてやりたい。そう思いながら、ピュウは声をかけた。
 しかし、マニュアはそれを遮って、
「いいよ、ピュウ。無理しなくても……」
「マニュア、無理じゃなくて……!」
「いいよ。戻ろう」
 そうマニュアが言ったとき、遠くから声が聞こえた。
「……さっきのやつ、見張り番交代とか言ってたけど……」
「……知らないやつなんだろ! なんで怪しまなかったんだよ……」
「……早く戻らないと、やべーんじゃないのか……」
「戻ってきた!」
 ピュウが振り返ると、地上へと続く階段にはもう、先ほどの見張り番が何人か仲間を引き連れて戻ってくる姿が見えていた。
 マニュアはピュウの横をさっとすり抜け、階段へと向かうと、そいつらの前へと手を伸ばした。
「――――!!」

 地下へと続く階段から突如として轟音が響いた。
 魔族の兵士たちが集まると、崩れ落ちた階段や壁の瓦礫の中、見張り番たちを足蹴にマニュアがうなだれて立っていた。
「ミ、ミリア姫が牢を抜け出したぞー!」
「また捕まえるんだ!」
 兵士たちが一斉にマニュアに向かっていった。
 マニュアは小さく溜め息を吐くと、地上へ向かって歩きながら呪法を放ち続けた。

「……マニュア」
 そうして、城の外まで抜け出した2人。
 兵士たちを呪法でぼこぼこにし、事も無げに城を脱出したのだ。
 ピュウは思った。
(……こんだけ強かったら、最初から逃げないでも良かったんじゃ……)
「さてと、ここらでいっか!」
 急に立ち止まると、マニュアは人間界への扉を開いた。
 その扉――というか穴をくぐろうとピュウが身を乗り出す。
 ふと、マニュアを振り返ると、マニュアは地面を見つめたままその場を動かないでいた。
「……マニュア……?」
「……ん、あ。ごめん。なんでもなーいよー」
 そう言うと、マニュアはピュウの腕をぐいと引っ張り、穴へと飛び込んでいった。