グローリ・ワーカ   第4章:人間と魔族

「ここはコープスの町です。町の中央には美しい噴水広場がありますよ」
 男性の奥さんがお茶とお菓子を出しながら言った。彼女も2人に同じく、浅黒い肌に尖った耳をしている。さらには、3人とも、ときおり口からは牙が覗いた。
「ありがとうございます」
「お菓子おいしいー!」
 さっそくお菓子に手をつけながらお礼を言う。
 そんな屈託ない様子に、男性が、少し躊躇しながら、訊いた。
「あの……あなた方、その――なにも言わないのですか?」
 5人が「ん?」とした様子で見る。
「その――この、見た目とか……その……」
「あぁ……魔族、ってこと?」
 マニュアが言った。
 男性は頷く。
 ほかの4人は――
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
「これが魔族!?」
 ……慌てている。
 その様子を見て、マニュアは溜め息混じりに言った。
「でも、悪い人達じゃないよ。とつぜん現れた冒険者に、丁寧にお茶とお菓子まで用意してくれたんだから」
 その言葉に、騒ぐのを止める4人。
 少し不安は残るものの、たしかに、笑いながら招き入れてくれた男性に悪い印象などなかった。
「でもよ……魔族がなんでこんなとこにいるんだ? 魔族って魔界に住んでるもんだろ?」
 ストームが尋ねる。
 ほかのメンバーも頷いた。

 そう。ここには、いろいろな世界が存在している。
 一般的に知られているのは、人間界、天界、魔界、霊界、神界の5つの世界。
 人間界にはおもに人間や動植物。天界には天使。そして、魔界には魔族や悪魔、魔物が住んでいる。
 霊界はその3つの世界で失われた命――死人が訪れる、霊魂だけの世界だと言われている。
 さらに、神界はどの世界よりも上層にあり、世界を作り上げた神々が住んでいるとされている。
 先ほどストームが言ったとおり、魔族は魔界に住んでいるのが普通である。さらに言えば、魔物も本来は魔界に住む生き物なのだ。
 だが現在、魔界を統べる王である魔王が、人間界の支配を望み、手始めに魔物を人間界に放った。
 人間界の生態は崩れ、壊滅した町もいくつかあった。
 それぞれの生活、そして野望のため、人間と魔物は日々争い続けているのだ。
 もし、魔族も人間界に放されたとなれば、争いが激化の一途を辿るのは必至である……。

 誰かが「ごくり」と喉を鳴らした。
 この人達が仮にいい人だったとしても――魔王がさらに人間界を攻め出したとすれば、笑っているような事態ではない。
 男性は言った。
「私は――人間界が好きなんです」
「……へ?」
 おもいもよらない言葉に、ストームはまぬけな声を上げた。
「人間が好きなんです。自然に囲まれ、感情のままに笑い、泣き、ときに傷付け、助け合って生きている……。そんな人間が、大好きなんです」
 そのセリフに、おもわずみんな顔が赤くなった。
「そ、そんなたいしたもんじゃないですよぉ」
 ティルが手をぱたぱたと振って言う。
 男性はにっこりと笑った。
「この世界は魔界とは違う。もっと、愛が溢れている。そんな世界に私も住んでみたくて……妻と2人、魔界を出たんです」
 そこまで言って、男性の顔が少し曇った。
 マニュアが、男の言葉に続けるように言った。
「――そして、人間界に来たのはいいものの、魔族だからと迫害された?」
 俯く男性。
「そんな…………」
 ティルが言葉を失う。
 マニュアが続ける。
「そうだよね。人間を苦しめる魔界の住人を、人間が喜ぶわけがない。それでも人間界にいたいから? だから、町の外れに住んでいる?」
 男性は、ゆっくりと頷いた。
 マニュアは再び溜め息を吐いた。
 そして、なにを思いついたか、ぱんと手を叩いて言った。
「よし! お茶とお菓子のお礼をしようじゃあないか!!」