僕の生存日記   第8話:思い出という名の媚薬

 どうやら、僕、『川野辺 葉乃』は、とんでもない策略にはめられてしまったようだ。
 その計画者は『千羽 緋路』。さーて、どう制裁を加えてくれようか。
 ちなみに『神成 躍人』先輩と『今池 輝也』くん、そして『黒井 姫』さんはもう帰っていきました。

「――で、どういうことか聞かせてもらおうか?」
 僕は椅子の上で足を組んで座り、ふんぞり返ってそう言った。
 対して、千羽と……化学部に在籍しているという『長根 隆雄(ながね たかお)』は、顔を真っ青にして、床に正座をしていた。
「えぇっと…………」
 2人が話し始める。
 まとめると、こうだ。
 先日の僕と黒井さんのデートを邪魔するはずが上手くいかなかった。で、千羽は友人であるこのメガネ――じゃなくて、長根くんに相談した。その相談の内容がとんでもないもので「どんなやつでもイチコロの惚れ薬を作ってくれ!」というものだった。そして、長根くんは化学部の本領発揮で本当に惚れ薬を作ってしまった、と(すごいな……)。
 この惚れ薬が、ペットボトルに入っていたやつだ。飲むと、最初に見た相手を好きになる。もう1度飲んだ場合も、その後1番最初に見た相手を好きになる。つまり、好きな相手が上書きされるわけだ。で、飲んだ後、飲んだ本人の顔を鏡や何かで見た場合は、惚れ薬の効果が解除されるらしい。
 なるほど。なるほどねー……。
 僕は、笑顔を作って、まずは長根くんに尋ねた。
「えーと……メガネくん」
「ナガネ、です……」
「君はなんでこんなアホな計画に乗っちゃったのかな? 君は馬鹿なの? ○ぬの?」
 あくまで笑顔を崩さずに。
 長根くんは青い顔をさらに青くして答えてくれた。
「あっ、あの、だって、千羽が魔法少女隊プリティキューティーのレモンちゃんの等身大フィギュアを作ってくれるっていうから……」
「ふーん……」
 なんだこのオタク。そんなわけのわからん願望のために僕を犠牲にしてくれた、と。
 いや、別にオタクは構わないよ、全然。ただ、人に迷惑をかけるのはどうかと思うなぁ、僕は。
 まぁ。ともかく。
「初対面の人に向かってこう言うのもなんだけど、次やったらメガネくんの家探し出して、家にあるフィギュアとか全部壊してやるからそのつもりで」
「ひっ、ひどい! 不法侵入だ! 器物破損だ! そんなことしたら訴えて――」
「返事は?」
 文句を垂れてくれる長根くんに、僕はもう笑顔を止めて、そう一言尋ねた。
「――ハイ……」
 僕、意外とこういうキャラもいけたんだね。
 さてと、次は――
「千羽」
「はっ、はいっ!」
 千羽が緊張しながら返事をした。なんだかこういう千羽は珍しい。
 そりゃまぁ怖いだろうね。僕もこれほど怒ったことなんて、滅多にないし。なに言われるか、ドキドキだろうねぇ。
 そして、僕は言ってやった。きっと、千羽にとってはかなりキツイことを。
「おまえとは、もう一生口きいてやらない」
「えっ――!?」
 顔面蒼白になって、その場に固まってしまった。うっすら涙目にもなっている。
 しかし、信じてやったのにまた裏切られたんだ。これくらいの罰は受けてしかるべきだろう。
 そう思いながら、千羽を見下ろしていたところ、突然千羽が両手を前につき、頭を深く下げてきた。
 こ、これは、土下座! 日本の伝統的文化!(?)
 本当にやる人いるんだね、初めて見たよ。千羽、そこまで追い詰められたってことか……。
「葉乃! 本当に、悪かった! ごめんなさい!! 本当にもう2度としないから……そんな、そんなこと言わないでくれっ……!」
 最後の方は涙声で、そう言った。
 顔は隠れてしまって見えないが……泣いているのか。
「…………」
 ――実際、惚れ薬のせいで僕が泣きながら言ったこと、あれは、本当だった。
 もう気になんかしていないけれど、小さい頃はこいつが羨ましかった。そして、不安だったんだ。
 そんなことを思い出させてくれちゃってまぁー……ついでに「ひろちゃん」なんて懐かしい呼び名まで……。
 クソ恥ずかしいこと言わせてくれたけれど、でも、ま――
「――今度の期末試験、ヤマとか効率のいい覚え方とか教えてくれるっていうなら、許してやってもいいかな」
 僕は別の遠い場所を見ながら、そう言った。
「――……葉乃っ! あぁ、もちろん、教えてやる! っていうか、そんなんいつでも教えてやるし!」
 今度は明るい声で、千羽はまた僕に飛びついてきた。
「あーもーいちいちくっつくなって」
 怒ったように、けれど、苦笑いを浮かべて、僕は返した。

 あぁ、それにしても。
 恥ずかしかったのは千羽に対してだけじゃない。黒井さんに対しても――……。
 どう思われただろうか。結構とんでもないことをしてしまっている。だ、抱き寄せたりとか、いくら惚れ薬のせいとはいえ、なんてことしてしまったんだろう!
 僕は頭を抱えた。……また、普通に話せる日は来るのかな。
 深く深く、きっと、マリアナ海溝よりも深く、ため息を吐いたのだった。